The Fool In The Valleyの雑記帳

-- 好奇心いっぱいのおじいちゃんが綴るよしなし事 --

Back In The USSR

ロシアのウクライナへの侵攻が懸念されている。
もし、軍事衝突というようなことにでもなれば、石油やガスのパイプライン網や多数の原発が存在している地域でもあるだけに、その影響が甚大なものになることは容易に想像できる。なんとしても阻止してもらわなければならない。

心配なニュースを聞きながら、ビートルズの”Back In The USSR"という曲が頭の中で鳴り始めた。世界の危機を前にして不謹慎なようだが、それはBメロの部分の歌詞に、Ukraine girlsとかMoscow girlsとかが出てくるからであろう。

その曲がリリースされた1968年当時、私は中学3年で、どういう内容の歌かよく分からないまま、最初と最後に出てくるジェット機の音が新鮮でカッコいいとだけ感じていたように思う。

その後、少し歌詞が分かるようになると、これはアメリカから帰国したソ連のスパイのことを歌った歌らしいということを知ったが、東西冷戦まっただ中というときになぜそんな歌を作ったのだろう?という疑問は残っていた。

2003年にPaulがモスクワの赤の広場で行ったコンサートのビデオを見て、この”Back In The USSR"にロシア人が大熱狂している様子に、冷戦後、ソ連からロシアに変わって開かれて自由な国に変わってきているなあと感じるとともに、冷戦下でも民衆の間ではビートルズが支持され、この曲がお気に入りだったんだということが意外でもあった。

その様子は下のYoutubeで見ることができるが、時の大統領だったプーチンも見に来ている。(0:15頃)

www.youtube.com

”Back In The USSR"を思い出したことで、そもそもこれが作られた背景はどうだったんだろうというのが気になって改めて調べてみると、次のような興味深い記事を見つけた。

www.udiscovermusic.jp

その中でPaulの言葉が紹介されている。

「あれは同時に、分断している相手に手を差し伸べるという意味もあったんだよ。僕は今もそういう意識を持ち続けている。だってクレムリンにいる指導者たちは僕らのことをよく思ってなくても、あの国には僕らを好きな人たちが大勢いてくれるわけだからね。キッズはみんな僕らを好きでいてくれる。それは僕にとっても、未来の人類にとっても、とても大切なことなんだ」

そうか、あれはPaulからソ連の人々へのメッセージだったのか。あの赤の広場のコンサートの熱狂はそれに応えたものだったのか。

普通の人々のレベルでは理解しあえるのに、政治なんだよなあ、問題を引き起こすのは・・・